(いまだに正式な団員の方もどこかにおられるのだろうし、そうした方々のヲタ活動をチェックしているわけでもないので、あまり大きな声では言えないのですが、)時折自分が「最後のタンポポ団員」であるかのように思えることがある。真里っぺのFCイベと、梨華っちのXmasDSの両方に立ち会い、何かを書き残しているのは知っている限り私だけだ。私はいろいろ思うところがあってタンポポ団には入らなかったのだが、どうした巡り合わせか、まるで自分が当時の団員たちの骨を拾って回っているように、時折思えてしまう。
April 2007
ここでチケが買えるとのこと。
Tumblrの問題点はログの保存がどの程度できるか不透明なこと。またログへのアクセスも特に考慮されていない。あくまで書き捨ての場ってことなんですかねえ。
「ブヴァールとペキュシェ」を「ブヴァール」と略すように、「さゆえりふぉんれいな」を「さゆえり」と略してしまうと、ますますれいながかわいそうに思えてくる。
「ハロモニア」と「さゆえりふぉんれいな(FC2ブログ)」の差別化は、ひとつには、「ハロモニア」が娘。を歴史的に語る場、「さゆえり〜」が娘。を骨髄反射的に語る場、という点にあったのだが、「さゆえり〜」のほうも気が付いたらだんだん歴史っぽい感じになってしまった。つまり本来「さゆえりふぉんれいな」でやりたかったのは、ここ(Tumble)のような形式だった。
そんなこともあって、「さゆえり〜(FC2)」を「ハロモニア」に統合してしまおうかと思うわけなのです。
ここを広く公開するかしないか迷っている。ちょっと楽屋的な側面もあるので。知り合いには教えてあるし。
このキーワードで検索して来る人がいたので、自分以外のとこを見て、興味深かったのを下に二つ貼った。
しばらく前から導入したものの、RSSリーダーというものには便利だがやはり馴染みきれない。比較的馴染みの深いサイトの場合、どうしても開いて見ないと納得がいかない。たとえば「えりえり掲示板」のトップ画を毎回見、スクロールして更新箇所を見つけてでないと読んだ気がしない。とはいえ、世にRSSリーダーに依存している読者も増えているのが現状ならば、できれば自サイトはRSSを配信していたほうがいいとも思う。自分は「なんでもRSS」によってもどうにもRSSを抽出できないサイトを二つもやっている。しかしまあ、できないのは技術の側がこっちの発想に追いついていないからだとも言えるので、強いてその2サイトのフォーマットを変える気はない。ただできればRSSを配信してるに越したことはない、という程度には思っているので、その点このTumlrというのはエライと思う。
文章に日付を冠することの意味についてはずっと興味があるのだが、明確な答えが見出せない。そこでは確かに何か重要なことが起こっているのだが。
「日記」の持つこのいかがわしい権能を行使している「モーヲタ」は、私の知る限りそう多くない。ほとんどの人は「日記」のなかに事実以外のことを書こうとしているか、単に(無自覚に)事実を書こうとしているだけのように見える。
パソコンを買いネットを見るようになってまず思ったことのひとつは、俺も日記というトラディショナルなものがやりたい、ということだった。人がネットに文章を書く方法はいくらでもあるはずなのに、それがおおむね「日記」と形態を取ることが興味深かった。「ディピオ日誌」にはいろいろ夾雑物も混じっているけれど、基本的には事実を、実際に起こったことだけを書こうという意志でそれは進められている。事実と事実がただそこに隣り合って並べられている。すなわちこれは誰がなんと言おうと、梨華っちと私の嘘偽りない記録以外の何物でもないのである。
考えたら社長の真似ばっかしてる。HAIKUも社長がやってるのを見て始めた。ここもそう。あとbkko師の真似も。というかbkko師ははじめて「さみだれ式」を始めた人であって、「メロンのススメ」は二回りは時代の先を行っていた。
これって携帯からも書き込めたり見れたりするとなおいいんだけど、日本のサービスじゃないから無理か。
やはりどうしてもよっすぃーは娘。を辞める必要がない、辞めない方がいいという思いを打ち消すことができない。
高橋を堂ちゃんに似ていると思うことがある。
もしかすると日誌のほうに、「できごとを書く欄」と「思いついたことを書く欄」と両方あれば一箇所で行けるのかもしれない。
気軽に書けるツールをずうっと、もう何年も探していて、だからこれも試してみる。